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この街・僕編 第1回『@1986 田無』

 2017年9月1日より、『浦研プラス』にて、新連載『この街』が始まりました! 『この街』は、Jリーグの浦和レッズに所属するプロサッカー選手が辿った人生の道程や愛すべき街について綴る私小説です。ちなみに初回となる第1回は完全無料掲載ですので、お時間のある方は是非ご閲覧ください!(https://www1.targma.jp/urakenplus/)
 そして今回、『この街』の連載開始と連動して、『旅猫by浦研プラス』にて、スピンオフ企画『この街・僕編』を開始致します。こちらは基本的に『浦研プラス』の『この街』が掲載されるタイミングで随時発表していきます。『この街』とはまったく異なるストーリーですが、少しでも本連載のテイストや雰囲気を感じて頂けたら幸いです。
 皆様、よろしくお願い致します!
                                                    
■この街・僕編 第1回『@1986 田無』■
 小学生時代に所属していたサッカークラブで同い年のキャプテンと揉めて、中学校ではサッカー部に入らなかった。それでもボールは蹴り続けていて、そのキャプテンとようやく別れられる高校入学を機に、またサッカー部に入ろうと決めていた。
 でも、高校の入学式を終えて放課後になると足がすくんできた。サッカーを離れてからすでに3年も過ぎていたから、同い年の奴らは格段に上手くなっているはずだった。毎日ジョギングしていたから体力には自信があったが、団体競技の勘どころは長くチームスポーツと触れ合っていないと取り戻せないとも思った。それに何より、初めて会う同級生や先輩たちと上手く付き合っていけるか心配だった。いつの間にか自分が一番下手くそになっていたら目も当てられない。勢い勇んで入学初日から仮入部の門を叩いた奴が下手だったら、周囲の怪訝な目に耐えられなくなって1日で逃げ出してしまうかもしれない。
 それでも、躊躇していたら一歩を踏み出せない。気合を入れ直してグラウンドへ向かうと、80メートル✕100メートルくらいの小さなスペースに野球部とサッカー部とハンドボール部が呉越同舟で練習している様子が見えてきた。学校から支給された新品の体操着に着替えて恐る恐るグラウンドの中へ入っていく。『顧問の先生は何処だろう?』、『こんなときは先輩に声を掛ければいいのかな?』。背中を丸めて小さくなりながら佇んでいると、後ろから「あれ? 仮入部?」という声が聞こえた。驚いて振り向くと、そこには僕と同じ体操着を着た少年がいて、こちらを見てニコニコと笑みを浮かべている。
「ああ、良かった〜。やっと仲間が来た〜。もう、俺ひとりかと思ったもん。どこから来たの? 四中? 緑中? あっ、それとも柳中かな? 俺? 俺は小平の3中でサッカーやってた。名前はマゴタ。『マゴ』って呼んでくれればいいよ」
 いきなり呼び捨ても何なので、とりあえず『マゴさん』と呼ぶことにした。相手がしつこく名前を聞くので「『シマ』でいいよ」って言ったら、「じゃあ、シマさんだね!」と返してくる。こっちは緊張してチビリそうだったのに、マゴさんはもう、何年もここに居るような顔をして話を続けている。
「よし、じゃあさ、一緒にパス交換しようよ!」
 顧問の先生や先輩に一声掛けなくて良いのだろうか。でも、マゴさんはお構いなしに僕へ向かってボールを蹴ってくる。仕方がないのでインサイドキックでボールを返すと、マゴさんが「ほぇ〜」と言葉を発した。
「シマさんって左利きなんだ。珍しいねぇ」
 そう、僕の利き足は左だった。ちなみにお箸やハサミを持つのは右手。いわゆる右投げ左蹴りなのだ。なぜ左足でボールを蹴るようになったかは定かじゃない。たぶん左足で蹴った方がボールが飛んだんだと思う。インフロントキックでポーンと蹴り上げたときにボールがビューンと飛んでいった感触は忘れない。高く遠くへ飛ばしたくて、あれから何度もボールを蹴ってきた。小学生のときはめったに遠くへ飛ばなかったけど、それでもたまに芯に当ったときの爽快感は何物にも代えがたいものがあった。
「マゴさんは右利きなんだね」
「たいてい皆そうだよ。左利きのシマさんがおかしいの!」
 物怖じしない人だなぁと思った。いきなり目の前に現れて、十年来の親友のように接してくる。でも、それがありがたかった。サッカー部に入り直すのに躊躇していた心が、彼の存在によって氷解していく。いつの間にか僕も、彼のペースに乗せられて親しげに声を掛けていた。
「よし! マゴさん、じゃあ次は少し強めに蹴るよ!」
 左足インステップキックでバシーンと蹴り上げると、ボールはマゴさんを通過して後ろに居た誰かにぶち当たった。驚いてマゴさんを見ると、彼は直立不動になって上空を見上げていた。
「あれは……、横田からだな」
 後から知ったことだが、マゴさんは熱烈な戦闘機マニアだった。遠くから爆音が響くとキョロキョロし出して上を向く。高校生活の3年間、マゴさんはそうやって何度も何度も空を見上げていた。試合中にいきなり突っ立って上を向いたときはびっくりしたけど、それがマゴさんという人物を端的に表していた。一途で真剣。サッカーも戦闘機も、同じように愛している。そして彼は、家族や友だちに対しても実直で、今でもあのときの感情のままに接してくれる、僕にとってかけがえのない親友になった。

「こらー! 誰だ! 今、俺にボールぶつけた奴は!」
 小柄で神経質そうな先輩が大声を上げながら僕とマゴさんの方へ走ってきた。いきなり面倒なことになりそうだが、まあいいか。マゴさんと知り合えたことだけで、今日は良い日だったと思うことにしよう。
 (続く)

■『この街・僕編』ー主な登場人物■
”僕”ー1970年生まれ、東京都出身。物語進行当時は東京都小金井市に在住。両親と弟の4人家族。幼少からサッカーと触れ合ってきたが、中学時代は訳あって部活に入らず、高校入学を機に再びサッカーを始める。

”マゴさん”ー1970年生まれ、東京都出身。物語進行当時は東京都小平市に在住。両親と弟の4人家族。”僕”とは高校入学初日に出会う。熱烈な戦闘機マニアで、そのエンジン音だけで機種を判別できる特技を持つ。

■街、モノ、場所の紹介■
『都立田無高校』
”僕”とマゴさんが入学した公立高校。当時の『田無高』は新設から数年しか経っておらず、”僕”と”マゴさん”は4期生だった。桜並木で有名な『小金井公園』に隣接し、最寄りの西武新宿線『田無駅』からは徒歩15分程度掛かる。そのため生徒の大半は近隣の市から自転車で通学していた。ちなみに田無高卒業生で現役Jリーガーは李忠成(浦和)、権田修一(鳥栖)など。

『田無市』
『田無市』は、かつて東京都に存在した市。2001年1月21日に保谷市と合併して西東京市となった。青梅街道、五日市街道など、東京都の横断する街道が貫かれて交通の要所として栄えたが、公共交通機関は西武新宿線か市バスのみ。市が存在していた当時は武蔵野市、小平市、東久留米市、保谷市、小金井市などの各市と隣接していた。