【全文公開】日々雑感-原口元気『情念の選手、不屈の選手』

浦和レッズからドイツのヘルタ・ベルリンへ移籍する直前の原口元気/©Hidezumi Shimazaki

代表発表の後で

カタールワールドカップの日本代表発表会見はドイツ時間の早朝に行われていた。まだ目が覚めきっていない状態で映像を見ていた僕は、その会見が終わるとおもむろに立ち上がってキッチンへと向かった。

台所のシンクの前で5分程度佇んでいただろうか。さしたる感情を抱いていなかった感覚がある。『(遠藤)航さんはたぶん、代表発表のときはまだ寝ていただろうな』とか、『(浅野)拓磨は前回のロシアでバックアップに甘んじてスタンドから仲間の勇姿を観ていたから、今回は期する思いがあるだろうな』などとは思ったかもしれない。ふと前方に視線を向けると、使い古した鉄製のフライパンに多数の焦げ跡があるのが気になった。

フライパンを手に取った僕は、それから2時間くらいの間、無心でフライパンをタワシで擦り続けた。

こびり付いた焦げを落として、高熱で焼いて、油を引いたら、蒼みを帯びたフライパンが逞しく生まれ変わった。今日のドイツは全国一体がほぼ快晴だと聞いた。彼は今、何を思っているのだろう――。

 

ウニオン・ベルリンの原口元気は戦闘的で意欲的で、その情熱を放散させることに躊躇しない選手になっていた。コロナ禍を越え、久しぶりに対面したとき、彼は満面の笑みを浮かべてこのチームでプレーできることの喜びを語っていた。

「ウニオンでは闘える選手しか評価されないし、起用もされない。情熱を傾けられるチームでプレーする。選手にとって、これほど素晴らしい環境なんてないよね」

一方で、ウニオンの元気は快活で朗らかな一面も見せていた。ミスした仲間に駆け寄って優しく肩に手を置いたり、惜しいシュートを放った味方に拍手してその労をねぎらったりもしていた。新境地を開拓したインサイドハーフのポジションで激しく相手と競り合いつつ、仲間が窮地を迎えていたら一目散に駆け寄って献身的にカバーリングする姿が印象的だった。

犠牲的な精神は普段の所作にも表れていた。今季は同ポジションにライバルが乱立してスターティングメンバーから外れることが多くなった。指揮官のウルス・フィッシャーはチームがブンデスリーガで首位に立つ中で選手たちに正当な競争を科し、それを原動力に過酷なシーズンを戦う抜く姿勢を求めている。元気自身もそれを十分に承知したうえで、一切の不満を抱かずにチームに貢献する覚悟を決めていた。

「このチームでは『上手い選手』はいらないのかもしれない。でも、俺のプレーの特徴を発揮すれば激しさと上手さを共存させられると思っている。だから今は、その特徴をチームに落とし込んで、このチームの力をもう一段階高める存在になりたいと思っている」

元気は今、所属クラブがブンデスの舞台でトップに立つ自負を抱いている。

「すごくない? もちろん、まだまだ序盤だけど、苦しい試合をモノにすることも多いし、本当に逞しいチームだと思っている。そして、その首位のチームでプレーしていることを、俺は誇りに思っている」

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