【無料掲載】日々雑感−西川周作『惹かれる理由』

彼のプレーが好きだ

 彼の口癖は『ポジティブ』。常に物事を前向きに捉えるために発する言葉だ。ただ、そのフレーズを口にするときの彼は大抵困難に直面していて、その笑顔の裏に幾つもの決意が連なっている。 

 2009シーズンに大分のJ2降格を阻止できなかった悔恨。2010年の南アフリカ・ワールドカップ直前にベテランの川口能活が代表入りしたことで予備登録へ回された悔しさ。2014年のブラジル・ワールドカップ本大会前最後のテストマッチ・ザンビア戦で3失点して正GKの座を逃したときの苦み。2014シーズン終盤の急失速で浦和の8年ぶりのリーグタイトルに手が届かなかった辛酸。2016シーズン、リーグ史上最多勝ち点を積み上げながら2ステージ制によるチャンピオンシップで敗れたときの歯痒さ。それでも彼が最も辛く悲しく思ったシーズンは、昨季の2017シーズンだったように思う。

 向上しないコンディション、低下するプレーレベル。相手シュートを弾けず、ボールが背後のゴールネットへ突き刺さるのを見送るだけの自分を不甲斐ないと思った。日本代表のハリルホジッチ監督は彼を代表から外し、自らの低調と呼応するようにチーム成績も下降して2017年7月30日、成績不振の責任を負って恩師であるミハイロ・ペトロヴィッチが契約解除の憂き目に遭ったとき、西川は言いようのない寂寞の念を抱いた。

「人との別れが、こんなに悲しいと思ったことはないです。ミシャが浦和を去らざるを得なくなったのは、間違いなく選手である僕たちの責任だと思っている」

 2018年は苦難の中でスタートを切った。新たなチームスタイルを模索した堀孝史監督体制のチームは早々に頓挫し、大槻毅暫定監督を挟んで新体制のオズワルド・オリヴェイラ監督体制下のチームも日々試行錯誤を続けている。オリヴェイラ監督が指針とするチームコンセプトは堅守が基盤で、リスク排除を旨とする。GKが無闇にペナルティエリア外へ飛び出すのはご法度だし、自陣でのショートパスポゼッションも奨励されていない。相手の前線プレスを回避する最善策は潔いクリアで、サイドラインを割るキックは一旦プレーを切れる意味で良策だとも言える。したがって、かつてはリーグ戦でアシストを記録したこともある『レーザービーム・フィード』を繰り出す余地はほぼ無く、その武器は錆びついた感もある。それでも……。

 Jリーグ第15節のガンバ大阪戦で数々のセーブを果たしてスコアレスドローに終わった試合後、西川はロシア行きを決めた相手GK東口順昭へエールを送ってユニホームを交換した。眼底骨折を負っていた東口の状態次第では自らが代わりに代表入りを果たす可能性もあったのに、彼はいつものように笑顔を浮かべて同い年のライバルを送り出した。Jリーグ第19節、屈指のストライカー・小林悠の決定機を2度に渡って防いだビッグセーブは鬼神の如し。かねてから磨きをかけていた予備動作は凄みを増し、その研ぎ澄まされた反応速度としなやかなステップ&ジャンプはどこまでも機敏だった。Jリーグ第27節、今季最多の55,689人を集めた大観衆の前で4-0のシャットアウトした後は、「いやー、久しぶりの無失点でした。やっぱり嬉しいね」と言って破顔一笑した。

 彼の魅力を思い返してみた。フィード、素晴らしい。エディオンスタジアム広島でのある試合でパントキックを蹴ったとき、相手選手の頭をかすめるような球筋がぐんぐん伸びて味方DF森脇良太の胸にノーバウンドでぶち当たった、そのラインドライブの凄まじさに驚愕した。2016シーズンに2試合連続で関根貴大(シント・トロイデン/ベルギー)、ズラタンのゴールをお膳立てしてアシストを記録したときは良い意味で唖然としたし、ゴール前から果敢に前へ飛び出して見せる巧みな足技はフィールドプレーヤーとしてもやっていけると何度も確信した。

 でも、私が彼に魅せられるのはそんな表向きの所作ではない。

 18歳の時点で止まってしまった身長と言う名のハンディを克服するために鍛錬を重ねたプレジャンプ。1ミリでも遠くへ手を伸ばそうとして欠かさない試合前のストレッチ。自らを律さなければ維持できない体重は彼の生き様を示している。ケガをひた隠すのはそれを言い訳にしたくないから。GKでありながらPKキッカーに志願するのは技術をひけらかすためでなく、勝敗の責任を負う覚悟の表れだ。

 フィードを蹴らなくても、前へ打って出なくても、パスワークに参加しなくても、その存在は不変だ。いつだって、彼は浦和のためにプレーしていて、あの笑顔の裏に強固な意思が貫かれている。以前も今も、私は西川周作という人物に惹かれている。優しさの中に潜む、燃えるような闘争心に惹かれている。

 先日、久しぶりに彼と話した。プレジャンプの話題になった。

「プレジャンプですか? その話、長くなりますよ(笑)。だって、こだわりがあるもん。僕なりに、突きつめている部分だからね」

 願いがある。

 森保一監督率いる日本代表への返り咲きは当然のこと。それよりも、浦和レッズの選手としてクラブの悲願であるリーグタイトルを奪還してほしい。そのときに、彼には笑顔ではなく、溢れ出る歓喜の中で、今まで一度も人前で見せたことのない涙を流してほしい。

 

 その本心を晒したとき、私たちは彼が辿った道程の険しさと、そのかけがえのない意義を知ることになるだろう。

(了)

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