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★無料記事【西部謙司特別コラム】セルビア戦を検証。94年のバルセロナとの比較から見えてくる日本代表の問題点

いい距離感

 日本代表とジェフ千葉が案外似ている件は、以前にコンフェデ杯のときに書きましたが、セルビア戦でもあらためてそう思いました。

 まあ、千葉にかぎらずJリーグの多くのチームのやろうとしているプレーが日本代表とかぶるんですが、目立つのは「バイタル」「ボランチ脇」へパスを入れて崩そうとしていること。そして、そこへパスが入っているわりに崩せていないこと。良くも悪くもこれが共通項として目立つところでしょうか。

 「バイタル」「ボランチ脇」「ゾーンの隙間」など、いろんな言い方がされていますが、そこへつなぐメリットとは、相手の守備バランスをパスワークで崩すにはほぼそれしか方法がないと思われているからです。実際、そこへボールを入れるとCBが前に出てきたり、SBが中央に寄ってきたりするので、ディフェンスラインの裏へ人とボールを送り込みやすいんですね。

 では、そこへパスが入っているのに、なかなか崩しきれないのはなぜなのか。実は兵働昭弘選手が核心的なことを言っています。詳しくはインタビュー記事を読んでいただきたいのですが、「いい距離感を保てているかどうか」が重要なポイントになります。

一人でやるか、複数でやるか

 「いい距離感」とはどれぐらいなのか。何メートルと説明することはできませんが、選手間の距離が離れすぎていないということです。パスの距離が30メートルもあると、精度が落ちますしパスが到達するまでの時間もかかります。テンポよく回すためには、パスの距離10メートル前後というところでしょうか。場合によっては3~5メートルにもなりますが。とにかく離れすぎているとコンビネーションは成立しにくくなります。

 「いい距離感」が必要なのは、兵働選手も言っているように裏をつく局面で人数をかけやすいからです。相手のラインの裏をつくときに1対1の関係でやるのか、それとも2、3人が連動するのかという違いが出てくるわけです。

 1対1の関係で裏をとって、そこへパスを合わせる攻撃も大切です。代表なら柿谷や岡崎がそういう動きを得意としています。ただ、W杯に出てくるレベルのDFはそう簡単に裏をとらせてくれません。この攻め方が難しいのは合わせるパスの精度もさることながら、一人だけの動きでは読まれやすく、マークを完全に外すのが難しいというところにあります。セルビア戦でも岡崎、本田、柿谷が1対1の関係で裏をとり、そこへパスを合わせているのですが、いずれも通っていませんでした。

 一方、前半に香川がGKと1対1になるビッグチャンスがありましたが、あの場面では香川、本田、長谷部が絡んでいます。香川はいわゆる「3人目の動き」でフリーになっているんですね。日本代表としては、あの崩しは理想的でしょう。DFに体を当てられることもなくGKと1対1を作れるわけですから。

 複数の選手がパスワークに関わることで、パスの出し手の選択肢も増えます。逆に守備側は的を絞りにくい。それには前提として、「いい距離感」があるわけです。

94年バルセロナにおける距離感

 先日、テレビの仕事で94年のバルセロナvsレアル・マドリードを見ることができました。ドリームチーム全盛の試合です。

 そのときあらためて思ったのですが、バルセロナのパスワークは流動的でいて、事前にしっかり準備ができているのだなと。フォーメーションは[3-4-3]、最後尾には例外的に強いパスを蹴れるクーマンがいました。クーマンの前はグアルディオラです。20~30メートルのパスをグラウンダーで正確に蹴れるのは、当時のバルサでもこの二人だけなんですね。で、一番後方にいるこの二人が縦パスを入れる役割なんです。

 縦パスのターゲットも決まっていて、トップ下のバケーロです。この人はグラウンダーのパスをワンタッチでさばくスペシャリストでした。ドリブルやロングキックなんか全然できないんですが、壁みたいに縦パスを周囲に落とすのは非常にうまい。

 後方の2人からバケーロへクサビが入ると、その中間に位置するMF(アモール、ナダル)がバケーロの落としを拾う。彼らのラインをとばしてバケーロへパスが入っているので前向きにプレーできます。ここからトップのロマーリオへパスしたり、サイドへ展開したり、詰まったらグアルディオラやクーマンに戻すという選択になります。

 日本代表も攻撃のメカニズムが似ています。バケーロの役割は香川と本田、グアルディオラの役目が遠藤、中間地点で拾うのが本田、香川、長谷部です。つまり、遠藤、香川、本田、長谷部の距離感がいいときの日本は、いい攻撃ができる準備が整っているといえます。

 セルビア戦では、序盤と終盤を除いてはいい距離感をキープできていたと思います。サイドチェンジが少ないとか、ちまちましたパスばかり、横パスやバックパスが多いなどと非難されがちですが、このメンバーが大きく広がって豪快なプレーをしてもたぶん効果はないでしょう。あれはあれで、日本としてはいいリズムだと思うんですよ。

 ただ、連動して裏をつけたのが1回だけというのがね。20メートルぐらいの縦パスを入れられるのが遠藤だけというのが、なかなかスイッチが入らない要因の一つかもしれません。「クーマン」がいれば、もう少しスイッチを入れられるんじゃないですかね。柿谷というターゲットもいるので、本田か香川が降りてきて彼らから縦パスを入れる回数を増やすのが現状ではいいんじゃないでしょうか。

 今回、セルビアに負けたのは、結果からみればグループリーグ突破にイエローランプが点滅したといえます。ただ、内容的にはそんなに悲観する必要もない。もうメンバーもやり方も固定化しているので大して伸びしろもありませんし、現状でセルビアに勝てないのは厳しい現実を思い知らされたのも確かですが、大きくやり方を変えても良くなる可能性は低いのではないですかね。山登りでも頂上に近づくと、ほんの数メートル登るのがしんどくなります。ここからは少しずつ上がっていくほかないんじゃないでしょうか。
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