【浦研プラス特別対談12月・番外編】ミハイロ・ペトロヴィッチ監督就任に際して(2011/12/14)

ミハイロ・ペトロヴィッチ新監督の印象

編集部「14日午後、クラブから来季の監督として、今年までサンフレッチェ広島を率いたミハイロ・ペトロヴィッチ氏の就任が発表されました。お二人はミハイロ・ペトロヴィッチ監督にどのような印象をお持ちですか?」

島崎「客観的に見ても、斬新なやり方をするな、という印象があります。福田さんも浦研のレビューで何度も話されてますが、広島は3バックと4バックを切り替えながらフレキシブルに戦いますし、相手によってやり方をどんどん変えてくる。攻撃的にやったかと思えば、次の試合は守備を固めたりと、臨機応変な面も持っていると感じます」

福田「試合中に陣形を変化させるのは広島就任当初から変わっていないし、特にディフェンスラインの選手には高い能力が求められると思う。センターバックだから攻撃参加できませんとか、ボランチだけど守備はできませんというような選手は難しいだろうし、攻守両面で能力の高い選手が必要とされるサッカーだ。また、バルセロナじゃないけど、一般的に言われるリスクが高いサッカーとも言うことができる。

ただ、“一般的にはリスクですが、このチームの能力であればリスクになりません”というところまで持って行かなければならないし、そこまでどうやって練習で積み上げていくか。さらに結果が出ないときに、周囲の反応はどういうものになるのか。クラブがどこまで覚悟してやれるのかが、試されると思う。すぐ結果が出るようなサッカーではないと思うし、フィンケさんのときに近い形になると思うから、クラブがどれだけの覚悟を持って臨んでいけるかに掛かっている」

編集部「広島では一度降格を経験していますからね」

島崎「そうなんですよ。ゼリコ・ペトロヴィッチのやり方とはまた大きく変わりますから、それを浸透させる時間が必要だし、独特のサッカーを展開するので間違いなく時間は掛かると思います」

編集部「その覚悟がクラブにあるのか、ということですね」

福田「一言で言えば、やはりリスクが高いサッカーだ。そのリスクを、リターンに変えていかなければならない。そのためには時間が必要になる。また、今季の広島を見ていても判るとおり、大勝することもあれば大敗することもある。その戦い方が、浦和の中で受け入れられるのか、そしてクラブが容認できるのか。順位がなかなか上がらなくても我慢することができるのか、それだけの覚悟があるのか。繰り返しになるけど、すぐ結果が出るような監督ではないと思うから、もしすぐに結果を求めるようであれば、監督の選択を誤っているということになる。

またもう一つ、監督を選んできた人たちが、今後責任を持ってそのポジションにいられるのか、という大きな問題もある。浦和の歴史を見れば、そこで齟齬が生じたことは一度や二度ではない。オフトの時もすぐに塚本さんが退任し、フィンケさんのときも藤口さんが翌年に退任している。オフトのときは森さんが強化責任者として仕事をされていたからまだしも、フィンケさんの場合は強化責任者も辞任することになってしまい、フィンケさんを呼んできた人がクラブから誰もいなくなるという事態に陥った。

今回、ペトロヴィッチさんを就任させるのであれば、そうしたことが無いように、全面的にバックアップし続けるという体制を保てるかが鍵になる。すぐに結果は出ないかもしれないし、上手くいかないことも多々あるだろうけど、覚悟を持ってバックアップしていって欲しい。そうすれば、形として現れてくる監督だと思う。自分の形をしっかり持っているし、色んなことに挑戦していくことのできる、非常に良い監督だと思う。あとは、選手補強も含めてどれだけクラブがバックアップできるかだと思う」

島崎「福田さんの言うとおり、現場がしっかりとシンクロすれば、わかりやすい色が出る監督だと思いますね。ただ、難癖をつけたくはないですが、この監督人事の流れを見ていると・・・・・・。岡田さんに断られ、西野さんに断られ、ですからね。その次にペトロヴィッチさんにアプローチした経緯は何とも言えません。個人的にはペトロヴィッチさんのサッカーは好きですし、楽しみな部分もあります。ただ、それが優勝に結びつくと考えるのは早計だと思いますし、浦和にどんな影響を与えるのかは未知数です」

選手補強も含めたバックアップ体制の構築ができるか

福田「少し話は変わるけど、今季レイソルがJ2から上がってきてすぐに優勝した。レイソルは資金力もそこまで高い訳じゃないし、多くの代表選手を抱えている訳でもない。それでもあのぐらいのチームができるんだと、そこばかりがクローズアップされているところがあると思うけど、Jリーグの場合は監督の力は当然として、キーになる外国人選手が当たるか当たらないかでチーム力に大きな影響を与える、ということも言える。

外国人選手がしっかりとした力を発揮すればそれなりの成績を出せるリーグだし、レアンドロ・ドミンゲスのいないレイソルはちょっと考えられないでしょ。彼だけであそこまでの成績が出せる訳じゃ当然ないけど、逆に彼がいなければ今季の成績は出せない。レアンドロのような選手がいて、その中でどういったチームを作っていくのか、そしてそれを監督がどうマネジメントしていくのかが、重要だと思う。

Jリーグのレベルが低いということではなく、J2から上がってきたチームがすぐに優勝できるほど、チーム間に力の差がないということだ。そこで力の差を生み出すのは、やはり外国人選手なんだ。昔の浦和で言えばロビーになるだろうし、どこのポジションでも、ゲームを決めることのできる選手がいるかいないかで、チームの力は大きく変わってくる。

ペトロヴィッチさんの場合だって、今季広島で思うようにいかなかったのは外国人選手の不出来も大きく影響している。ムジリも良い選手だとは思うけど、日本の気候にフィットできずに夏場急速に失速したし、それ以上の選手を獲得してくるだけの資金もなかったのかもしれない。そういう意味でも、監督を引っ張ってきたとしても、どれだけ優れた駒を持てるかが非常に重要だ。ネルシーニョが監督をすれば、どんなチームでも優勝できる訳じゃない。そこをしっかりと理解して、良い補強をして欲しいなと思う。特に外国人選手はね」

島崎「バックアップに関しては、選手補強も含めてこれから決まってくることが多いと思いますので、しっかりと精査していかなければならないですね。監督が決まったからといって、すべてが解決した訳じゃないので。逆に言えばこれからが勝負ですから、強化に関しては。少なくとも現有戦力では15位の結果しか得られなかった訳ですから、何らかの変化がなければ先は見えてこないと思います」

三菱、浦和の文化にペトロヴィッチのスタイルが浸透するか

福田「もう一つ楽しみにしているところがある。ペトロヴィッチさんが広島でやっていたサッカーが彼のスタイルなのであれば、それが三菱の堅実な考え方に、彼のようなリスクをかけてチャレンジしていくような考え方が、どうやってマッチしていくのか見てみたい。あえて三菱というけど、そこ出身の自分としては特にね」

島崎「今まで失敗例を何度か見た形ではあるんですよね」

福田「なぜ今まで失敗してきたのかというと、三菱時代から脈々と流れているスタイルが、とても堅実なものなんだ。とても慎重というかね。これまで彼が残してきた試合の結果を見てもらえれば判るけど、ペトロヴィッチさんはそういうサッカーの哲学を持っていないし、違う人生観を持っていると感じられる。その中で、浦和がどうやって折り合いをつけて、彼のようなサッカーをしていくのか。またその中で彼が変化していくのか。そこを見てみたい。

今までがどうこうということではなく、ペトロヴィッチさんがどういう仕事の仕方をしていくのか非常に楽しみだ。彼のサッカーを受け入れる土壌が、クラブに、そしてサポーターにあるのかも見てみたいし、なぜなら彼のサッカーはリスクが高いから。チームの成長過程を忍耐強く我慢する覚悟を、浦和に関わる人全体が持っているのかも見てみたいし、彼が成功を収めれば、数多くの人が魅力的と思うようなサッカーをするようになると思う。またあくまでも、勝利することを大前提にクラブ全体がやって欲しいとも思う。

昨日、クラブワールドカップで来日しているバルセロナのピケがインタビューを受けていて『どんなに良い内容のサッカーをしたって勝たなければ何の意味もないから、勝つためのプレーをする』という趣旨の話をしていた。至極当然のことで、日本ではバルセロナの戦い方や内容ばかりがフューチャーされる傾向が強いが、彼らは勝つために、勝利する確率を最大限高めるために、自分たちが得意とする形を突き進めているだけだ。別に彼らは美しいサッカーをしようとだけ考えている訳じゃない。大事なのは、勝つために何をするのか、ということ。それは浦和に関しても同様で、見る側もサッカーの形だけに注目するのではなく、勝つためにその戦い方を選択していることを理解して欲しい」

島崎「個人的にはペトロヴィッチさんのサッカーは好きですから、わくわくしているところもあります。またペトロヴィッチさんだけじゃなく、彼の師であるイビチャ・オシムさんや一緒に仕事をしたポポヴィッチもそうですが、彼らは日本に新しい風を吹き込んでいる指導者だと思います。その内の一人が浦和に来たことは、様々な困難はあると思いますが、やはり楽しみな部分が大きいです。他とは違う発想をする、そしてそのリスクをしっかり感じながらサッカーをする形が好きなんで、どう浦和に持ち込むのか。そして浦和が受け止める覚悟があるのか、楽しみなシーズンになります」

東欧出身監督に共通するもの

福田「ここで一つ大きなポイントは、いま島崎が話した3人の監督が、なぜそのようなサッカーを志向するようになったのか、というところにあると思う。僕は、野球で言えば野村克也監督に近い考え方だと思う。野村さんが持つ、巨人に対するアンチテーゼと似ていて、彼らの志向はビッグクラブを倒すためにどうすべきか、というところにある。それが彼らのエネルギーになっていて、サッカーはお金だけじゃない、こういう戦い方もある、などの考え方が発想の前提にある」

島崎「大枠で言う、ジャイアントキリングなんでしょうね。常に強い相手を倒す、というところに大きなモチベーションを持っている」

福田「それはなぜかというと、生まれ育った環境がある。それは、彼らのメンタリティの問題で、ドイツ人とはまったく違ったものだ。歴史がそうさせているし、その部分が彼らのモチベーションを生み出していると思う。オシムさんはシュトルム・グラーツという名門クラブで監督をしていたけど、ヨーロッパという枠内では予算規模の小さいクラブであることに間違いない。その小さいクラブで、アイデアを持ってやってくスタイルは、野村さんとすごく似ていると思う。

弱者が強者に対して勝つにはどうするか、と常に考えているし、だからアイデアが湯水のごとくわき出てくる。そしてサポーターも置かれた状況を理解しているからこそ、その戦いを応援していく。ただ、今の浦和にその土壌があるのか。繰り返しになるけどそこは心配だ。昔の浦和にはあったと思うけど、一度優勝やアジア制覇を経験した浦和がどうなのか、という部分があるし、それがフィンケさんが思うように仕事ができなかった要因の一つにもなっている。

ペトロヴィッチさんは、当然十分に理解してオファーを受けたと思う。サッカーというスポーツに対する理解度も高い人だから、日本の中で浦和レッズがどのような立ち位置にいるのか、ということも理解されていると思う。だからこそ、彼のマネジメント、選手選考が非常に興味深い。もしかしたら、大きくサッカーを変えてくるかもしれないし、それはそれで面白いよね」

島崎「ペトロヴィッチさんは面白くて、守備的に臨む試合の前になると、選手たちに『今日の試合は仕事だから』という表現をするそうです。今日は理想を追うんじゃない、お前ら仕事をしろと。そういう部分が、浦和ではより出るのかもしれませんし、それがマッチする要因となるかもしれないですね。そういう割り切りができる監督だと思います」

目標設定はどこに置く?

福田「なんで割り切りができるのかというと、目的が勝つことだからだよ。だから、いくらでも柔軟に対応できるんだ。というよりも、外から見れば柔軟にやっているように見えるかもしれないけど、実際は柔軟じゃないんだ。勝つことに対して、信念を堅く持っている人なんだ。戦い方など表面的なところだけを見て柔軟と言うけど、勝つことに徹底的にこだわるという部分ではまったくブレていないし、柔軟でも何でもない。ものすごく信念が強くて、頑固。それがあれば、戦い方を変えることに迷わない。

例えば今回断られた岡田武史監督を称して、勝利至上主義者と言うことがあるけど、ものすごく精神的に強い人でなければその考え方はできないと思う。岡田さんに限った話じゃなくて、そういう考え方の監督は批判をすべて受け入れなければならないんだから。良いサッカーをするという人は、負けても内容という言い訳、逃げ道を作っている。信念を貫いて自分たちのサッカーをする、なんていう表現は非常に子供っぽいんだ、裏を返せば」

島崎「一つ懸念をあげれば、ペトロヴィッチさんは広島でJ2優勝を経験した以外、どこのクラブでも優勝した経験がないということですね」

福田「優勝ということに関して言えば、そのための監督を選んだとは言えないでしょ。実績上もないし、そう言われても仕方ないと思う。浦和がどういうオファーを出したのかは判らないけど、優勝を目標にするのは難しいシーズンになるのは明らかだ」

編集部「橋本社長は、長く任せられる人を選ぶと言ってましたから、そういう大きな意味でとらえると、岡田さん、西野さんと続いた選択肢も理解できる部分はあるのかなと思います」

福田「長く任せて、何を目指すのかだよ」

島崎「今年は優勝を目指したのにもかかわらず、またクラブの都合で方針転換することになると、それこそ信任を得るのは難しいと思います」

編集部「また、選んだ人が来年もいるとは限らないクラブですからね」

福田「そうなんだよ。監督を長くやってもらおうという考え方は良いと思うけど、長くサポートする人がいないんだ。長くやらせるためには、長くサポートできる人を置かなければならないし、順番としてはそっちが先だと思う。そこがなくて監督だけ長くやらせるというのはあり得ない」

島崎「あと、目標設定の部分ははっきりさせるべきだと思います。アナウンスする必然性があるのかは判りませんが、こうしてペトロヴィッチさんを招聘した以上、プロのクラブとして方向性、何のために彼を呼んだのかを説明する必要はあると思います」

編集部「今後は、そのあたりを継続的に見ていく必要がありそうですね。ありがとうございました」

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