浦レポ by 浦和フットボール通信

村井満 前チェアマンが下してきた決断とは『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』の出版記念イベントレポ

(text by 五十嵐メイ)

2024年1月21日に大阪・梅田ラテラルで、写真家・ノンフィクションライターの宇都宮徹壱さんによる著書『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』の出版記念イベントが開催された。

この本は、村井さんがチェアマンを務めた8年間が赤裸々に綴られている。

2014年1月16日、第5代Jリーグチェアマンに就任することが内定した村井満さん。Jリーグはこの頃、人気低迷と経営悪化の泥沼に陥っていた最悪の時期だった。全くもってサッカークラブの運営経験のない人物が、チェアマンに就任するという異例の事態は、多くのサッカー関係者、ファン・サポーターの注目を集める出来事となった。村井さんが就任してからJリーグには、差別問題、ハラスメント事案、自然災害、新型コロナなど、次から次へと危機が襲いかかる。

筆者は、幼少期から約20年にわたってJリーグを観戦し続けてきた。当然のことながら、村井さんの任期中もスタジアムに通い続けた。サポーター視点でしか考えることのできなかった数々の出来事を振り返り、あの時Jリーグでは何が起こっていたのか? また、どのような過程で意思決定が行われたのか。村井さんの口から語られる言葉に耳を傾けた。

この本は、ただJリーグの歴史を綴っただけのものではない。村井さんの組織運営の手腕や、リーダー論なども垣間見ることができる、サッカー本の領域を超えた作品だ。

本稿はイベント当日の村井さんの発言を引用しながら、8年間に起こったいくつかの事例を振り返っていく。この記事が、1人でも多くの人にとって『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』を手にとるきっかけになればと思う。

Jリーグのファーストペンギン

村井さんはチェアマン時代、今までの常識を覆す驚きの選択をしてきた。そのひとつが、DAZNと10年間で約2100億円の放映権契約を締結したことではないだろうか。これまで長年にわたってJリーグを放送し続けてきたスカパー!から、DAZNの独占配信に切り替わることが発表されたのは、2016年7月のことだ。当時のDAZNは、まだサービスすら始まっておらず、実績も実体もない状態。さらに付け加えると、Jリーグはこれまで外資系企業との交渉経験がない組織だった。巨額の放映権だけを理由に選択したのであれば、あまりにリスクが大きすぎるのではないか──。日本サッカー界に激震が走った。

「サッカーはこれまで、地上波やケーブルテレビ、衛星放送で見るもので、インターネットを利用して見る習慣はどこにもありませんでした。ヨーロッパの5大リーグを見ても、全試合をインターネットで放送するなんてことは、恐ろしくて誰もやりません」

しかし、この決断は私たちサポーターライフを大きく変えていくことになる。

村井さんはこう続ける。

「なぜそれをJリーグがやったのか。ワールドカップにしても、オリンピックにしても、結果を知ってから試合を見るのは面白くない。授業中だろうが、会議中だろうが、ライブで見たいと思うのがスポーツです。インターネット配信を利用することで、いつでも見られるようにしたかったんです」

当時のニュースでは「2100億円」という数字がセンセーショナルに取り上げられた。しかしそのことに関して、村井さんはこう語る。

「よくお金に目が眩んだと言われますが、最初はお金なんて無いんですよ(笑)。交渉する前に2000億という答えがあれば、誰でもやると思います。そこで勝負をして、交渉した先にその金額が出てくるわけです。この時、僕の頭にあったのは『ファーストペンギン』という言葉でした」

「ファーストペンギン」とは何か? 南極で集団生活を営むペンギンにとって、水中は安全な場所ではない。先頭を切って水の中の安全を確認した後に、仲間を呼び込む役割を担っている。それが「ファーストペンギン」だ。

「誰かがやって上手くいったことをやるのではなく、勇気を持って、人のやってないことをやる人がいるというのが大事。その勇気をなくしてケーススタディだとか、ベストプラクティス(最善の方法)なんて馬鹿言ってんじゃねえというような気持ちが自分の中でどこかにありました」

この英断のおかげで、私たちサポーターはいつでも手元の端末でJリーグの試合を見ることができるようになった。イライラしながら速報サイトのリロードボタンを連打する生活とは、おさらばできたわけである。そしてDAZNというサービスは、新型コロナの際にも、スタジアムに足を運べなくなったサポーターとJリーグの縁が切れてしまうことを防ぐ大役を成し遂げたのだ。

もうひとつ、村井さんが下した大きな決断といえば、浦和レッズに対して前代未聞の制裁処分を決定したことだ。浦和サポーターにとっては少々耳の痛い話かもしれないが、無観客試合というは日本のスポーツ界にとって、初めての制裁処分となった。

処分のきっかけとなった、浦和レッズ差別横断幕事件が起きたのは、2014年3月8日。浦和レッズサポーターグループのあるメンバーが、ホーム側ゴール裏スタンドの入口に、日本人以外お断りという、人種差別的文言にあたる「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕を掲示したのだ。問題の幕を認識していたにも関わらず、試合終了まで撤去することができなかったクラブの対応も含め、この事件は大きな波紋を呼んだ。

「この事件は私がチェアマンに就任して1週間目のことでした。無観客試合という制裁処分を下した事例は、日本のスポーツ界にはありません。

浦和レッズは過去にも裁判事例と制裁金があるため、累犯です。それ以上のルール違反となると、世界基準で考えても無観客試合という処分が相当ですが、日本では過去に事例がないのでタブーでした」

村井さんはもともと、熱烈な浦和サポーターだ。駒場スタジアムにも、足繁く通っていたという。思い入れのあるクラブに厳しい制裁処分を下すことは、断腸の思いだったのではないだろうか。当時のことを、村井さんはこう振り返る。

「誰かの後をついていくだけでは世の中は良くならない。人は皆、ファーストペンギンのような勇気ある人の後についていくのだから、チェアマンとしてそういう決断をしなければいけないと思っていました」

犬と記者は逃げると追ってくる

「天日干し経営」というのは何か? それは村井さんが考えた言葉であり、経営理念だ。悪いことというのは、人目につかないところで行われる。そう考え始めたのは、村井さんがまだリクルートにいた頃である。

「最初の修羅場は、贈収賄疑惑をかけられ、世論から袋叩きにあったリクルート事件(1988年に発覚)です。悪いことは、人の見ていないところで起こるということを、その時からなんとなく感じ始めました。」と村井さんは語り、こう続ける。

「事件が起こると、第三者委員会を立ち上げ、原因を究明して徹底的に分析をする。そして、再発防止策を立てます。再び何か問題が起き、その工程を繰り返していくことで、ルールブックばかりが分厚くなっていく。そうすると組織が硬直して、自由な発想が失われます。堅い組織というのは自由なチャレンジができなくなってしまう。それは、いいことではないと思っていました。

それよりもたった一つ、人に言えないことはやるなというルールを設け、全てをオープンにする方が、組織が柔らかくなって自由度が上がり、コンプライアンスコストが下がると考え始めました」

戦後最大の疑獄事件といわれるリクルート事件をきっかけに感じたことが、村井さんの経営理念の源流になっている。つまり、「天日干し経営」というのは、自分たちの組織で行っていることを表に見せ、外からの意見を取り入れながら、組織を柔軟にしていく経営手法である。

「犬と記者は逃げると追ってくるという名言があります。これは当時の広報部長が言った言葉ですが、それを言われた時にそうだよなって。そこで俺は逃げないぞとなったわけです」

村井さんの任期中の最大の危機といえば、新型コロナウイルスの影響で世の中が未曾有の事態に陥ったことであろう。世の中がパニックに陥る中、不要不急に分類されたJリーグのトップとして、村井さんは様々な判断を強いられることとなる。その時、村井さんは、覚悟を持って報道陣と向き合い続けた。

「例えばコロナ禍の時は、年間71回の会見を行ってきました。それこそ最初は、サッカーなんかやっている場合じゃないとか、騒ぎが起きてオリンピックが中止になったらどうするんだというような声が上がっていました。

学術論文を読んでいるのかと言われれば、その論文を読んでみたりしてコロナ対策について一生懸命勉強したことを記者会見で天日に晒す。すると、さらにツッコミが入る。それを打ち返していくうちに、情報が集まってくるだけでなく、世の中の関心がどこに向いているのかもわかってくる。しかし、怖いからといって隠れてしまっていたら得られなかったことです」

その当時は何もかも「自粛」することが世間の強い風当たりから逃れる方法だったかもしれない。しかしそれでは、リーグの再開までに経営破綻してしまうクラブが出てきてしまった可能性もある。それどころか、リーグを精算することすらも覚悟をしたという村井さんは、自らの経営理念を元に報道陣と向き合い続け、大きな混乱を招くことなくスタジアムに熱を取り戻したのだ。

逆転の発想から誕生した「シャレン!」

Jリーグが25周年を迎えた2018年には、社会連携活動「シャレン!」をスタートさせた。『異端のチェアマン』の著者である宇都宮さんは、記念すべきタイミングに新しいことにチャレンジするのが、村井さんがチェアマン時代のJリーグらしいと語る。では、当の村井さんはどう思っていたのだろうか。

「地域密着に関して、僕がクラブに何を言っていたかというと、ホームタウン活動をしてくれ、地域の祭りに参加してくれ、病院に行ってくれ、学校で給食を食べてくれ、とにかく地域のためにやってくれということでした。活動が行われた数を数えてみたら、50クラブが年間合計で2万回ぐらい行ってくれました」

各クラブが想像以上に地域貢献活動をしていることを知った時に、村井さんは現在の「シャレン!」に繋がる発想の転換を試みることにした。

「今までの延長線上で、もっと地域に根ざすために頑張れというのは無理だなと思いました。そうではなくて、Jリーグを使って、街の人になんかやってもらえないか、Jリーグを使ってもらおうと、考えを転換しようと思ったのが2018年です」

その後、それぞれのJクラブによるシャレン!が各地で行われる中、村井さんは、ある思い出深いイベントについて語る。

「思い出深いのは川崎市がANA、JTB、富士通と協力して、川崎市と大分市に住む発達障がいのある子供たちを大分トリニータとの試合に招待したイベントです。

音や光に敏感な発達障がいの子供たちにとって、サッカーを見に行くということは、不安が伴います。最初に、ナイターゲームに招待したいという話を聞いた時には、無理でしょうと思いましたが、実はJリーグが持っていないノウハウは外側にありました」

例えば空港の待合ロビーで、発達障がいを持つ子供たちがパニックを起こしたときの対処法は、航空会社が持っていた。プロジェクトに加わったJTBには、子供たちを安全に旅行させるためのノウハウがある。それぞれが持つノウハウを持ち寄ったことで、イベントを成功させることができたと村井さんは振り返る。

「川崎市の福祉関係の部署やボランティアの人たちも、各々が持つノウハウを持ち寄り、Jリーグはスタジアムを提供しました。中村憲剛は、子供たちと一緒に安全なサッカー教室をやりました。ほぼパーフェクトなイベントができたんですよね」

この経験から、村井さんが目指したのは、それぞれが持っているノウハウを持ち寄る、シェアリングエコノミー型の社会連携だ。その結果、各クラブが地域の特色や得意なことを生かし、これまでになかった新たな社会連携が次々と生まれていった。

チェアマンが触れるべきではない領域

「この本の中に、私が少しモゴモゴしてたという文脈があるんですよね」

何かを聞かれて言い淀むというのは、何事もオープンにすることを掲げた天日干し経営を謳う、村井さんらしからぬ言動だ。一体どういうことなのだろうか。

「天日干し経営といっても、言ってはいけないことが3つあります。1つはプライバシーに関わること。もう1つは、守秘義務を約束していること。最後は、発言する立場にないことです」

村井さんが言い淀んだ部分というのは、浦和が0−3で敗戦扱いの処分を受けた時のことである。当時浦和に所属していた鈴木彩艶選手は、Jリーグの検査を受けていないため出場資格がなかったにも関わらず、試合に出場してしまった。この件でJリーグの規律委員会は、浦和を0−3で敗戦扱いにするという処分を下した。

「日本代表の活動中にコロナ検査を受けていたので、Jリーグに出られると思ったんだと思いますが、リーグがやる検査を受けなければ駄目というルールになっています。悪意はなかったわけですが、Jリーグ的にはリーグのルールに反しているので処分だと判断しました。しかし、最後には国際スポーツ裁判所に判断を委ねることになりました」

勝ち点への影響はなかったが、コロナ禍でイレギュラーな対応が続いていることは容易に騒動ができたため、この処分は大きな物議を醸すこととなった。

「チェアマンは血が通ってないのかとか、普通だったら情状酌量もあるんじゃないのかというのが、普通の感覚です。僕がモゴモゴしているように書かれているのは、ここの部分ですね」

例えば、裁判所の判決に総理大臣が口を出してはいけない。そんなことをすれば、この国の三権分立を侵すことになる。そんなことになれば、国はあっという間にメチャクチャになってしまうだろう。村井さんはJリーグの規律委員会の判定に対して、規律委員会のメンバーではない自分が口を出してはいけないと考えた。それ故に、この件に関しては言葉を濁したのだ。

「オンザピッチの事案は規律委員会が判断する。経理の不祥事とか差別事案というのは、裁定委員会の領域です。なので、僕の立場で規律委員会の領域に口を出して、三権分立を侵してはいけないと僕は思っています」

天日干しとは、暴露とは違う

最後に村井さんは、天日干し経営について、自身で最も大切に思っていることを語った。

「天日干しというのは、自分のパンツの中まで明かせという話ではありません。言ってはいけないこともいくつかある中で、何でもかんでも話してしまうのは、それはもう天日干しでも何でもなくて、ただの暴露になってしまいます」

村井さんの経営理念である天日干しとは、何もかもを話してしまうことではない──。この本を読むときに、勘違いしてはいけない大切な部分である。その部分は、著者である宇都宮さんも「非常に頭を悩ませた部分でした」と振り返る。なぜなら、この本の目的は暴露することではなく、センセーショナルな本として売りたいわけでもないからだ。なぜ村井さんは、あの判断を下したのだろうか。疑問に思うことがいくつもあった方もいるだろう。これは、村井さんが下した決断の意思決定の過程を知ることができる本である。

この本を読みながら、私は考えたことがある。それは、当時を振り返りサポーターとして自分が感じたこととチェアマンの考えを照らし合わせ、答え合わせを楽しむことができるということだ。そして、今後のJリーグの成長に、村井さんが残したものがどう影響するのか。これから先の未来が、非常に楽しみになる一冊だ。

この本の著者である宇都宮徹壱さんは、サッカーを愛するファミリーの一員として自覚を持ちつつ、忖度はすべきではないというノンフィクションライターとしての矜持を持つ。宇都宮徹壱×村井満という最強のタッグから生まれた、まさに魂の一冊。まだ手に取ってない方には、今すぐ書店に駆け込むことをオススメしたい。

<この稿、了>

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