【全文公開・島崎英純】日々雑感-『原口元気‐約束の地へ』
文:島崎英純 Text by Hidezumi Shimazaki
決意の帰還
2023年11月25日、アイントラハト・フランクフルトのホーム、『ドイチェバンク・アリーナ』での試合後、このシーズンで10試合連続不出場に終わった原口元気がミックスゾーンに姿を現した。彼は遠くからでも必ず片手を挙げて目配せをする。以前の彼はプレー内容が不出来だったり、出場機会が限られたりすると思いの丈を存分に吐露していたが、何時の頃からか物事を俯瞰した視点から語るようになった。野心を失ったようには見えない。その言葉の一つひとつには感情がこもっていたし、現状を打破しようとする気概にも溢れていた。むしろ20代の彼にはなかった冷静沈着で核心を突く振る舞いに頼もしさを感じていたほどである。
ひとしきり会話を交わしていると誰かがこちらに近づいてきた。
「おう、どうなってんの、お前?」
原口と同じく不出場に終わった長谷部誠が言葉とは裏腹の柔和な表情で声を掛けてきた。
「まあ、厳しい状況っすね』と返した原口はしかし、続けてこんな言葉を発した。
「でも、今のシュトット(ガルト)、強いでしょ?(試合は2-1でシュトットガルトが勝利) (セバスティアン・ヘーネス)監督がいいんですよ。戦術も、トレーニングの内容も。監督の指導を受けて、自分もいろいろ勉強させてもらっています。今後の自分にとって役立つことも多いと思うから」
2014年の夏、海外での飛躍を期してドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンへ完全移籍してから約10年。フォルトナ・デュッセルドルフ、ハノーファー96、ウニオン・ベルリン、VfBシュトットガルトと一貫してドイツの舞台で戦い続けた彼は、利己的ではなく利他的に自身を律する成熟した選手へと成長を果たしていた。
原口の心の中では浦和レッズ時代からの先達である長谷部への思いも明確に変化している。
「若い頃の自分はハセさんに対して、『地味な役回りばかりしているな』と思っていた。でも今はハセさんが30歳を過ぎたあたりからプレーを変化させてチームの勝利に貢献していった姿勢を心から尊敬している。ハセさんはこの前のフランクフルトとのゲームで(2024年4月13日/ブンデスリーガ第29節)、ボランチで先発したんですよ。そのときにウチのヘーネス監督がこう呟いたんですよね。『ゲンキ、ハセベは今、何歳なんだ? 40歳!? そんな選手、今まで見たこともないよ』って。そのときに思ったんだよね。『やっぱ、ハセさんはスゲーな。俺もそうありたいな』って」
長谷部の姿を通して決意にも似た感情を抱くも、2023-2024シーズンの原口はDFBポカール1試合、ブンデスリーガ2試合、シーズン総プレータイム僅か26分に終わった。これは2008シーズンの浦和ユース所属時に2種登録されて唯一出場を記録したヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)・グループステージ第4節・名古屋グランパス戦のプレータイム28分よりも短いキャリアワーストの数字である。
プロサッカー選手はピッチに立たなければ自らの存在意義を見出せない。チームの勝利に貢献できない。客観的に自らの立ち位置と現在の境遇を認識したとき、帰るべき場所で、その責任を果たせるチームをその目で見据えた。
ウニオン・ベルリンでプレーしていた当時、指揮官のウルス・フィッシャー監督から裏方的な役割を課せられていた原口は自身のプレー変化と周囲からの要求をポジティブに捉えていた。
「自分は背番号8(インサイドハーフ)の役割を求められたけども、それはあくまでも味方2トップをサポートすることを大前提としたものだった。でも、それでも構わない。チームの一員としてしっかり認識されていることのほうが大事。ウニオンでは闘える選手しか評価されないし、起用もされない。情熱を傾けられるチームでプレーする。選手にとって、これほど素晴らしい環境なんてないと思うんだよね」
シュトットガルトとの契約が満了してフリートランスファーの身となってから、ヨーロッパのクラブの幾つかから獲得のオファーはあった。自らが闘うべき場所は何処なのか? 情熱を傾けられる対象は何か? 激しく自問自答した結果、彼の心の中に浮かんだのは赤いユニホームを着て全力疾走する自身の姿だった。
「10年ぶりに浦和に帰ってきました。長い間、浦和を離れていましたが、再び浦和でプレーできることをとてもうれしく思います。そして、ファン・サポーターのみなさんと共に埼スタで闘えることを心から楽しみにしています。この10年間で、人としても選手としても成長することができました。ピッチ上で自分の価値を示し、チームを引っ張っていこうと思います。また、一緒に闘っていきましょう」
1シーズンに及んだ”ブランク”は確かに不安材料の一つではある。確かな実績を築き上げたとしても、実戦経験から遠ざかった事実は重く、体調面、精神面、プレーフィーリングなど、多岐に渡るファクターを再び極限の舞台で闘える水準まで高めなくてはならないと思っている。ヨーロッパからJリーグへの再アダプトの困難さも、これまで同じく海外から日本へ戻った選手たちの経験や実績を通して十分に理解している。33歳という年齢が10年前と異なる影響を及ぼすことも当然承知のうえで、今の自分が浦和レッズというチームで何を為せるのかを冷静に見極めている。
10年前のプレーを観た方は、今の原口の挙動や所作に驚かれるかもしれない。闘志を露わにする姿勢は変わらないが、そのベクトルは常にチームの勝利へと向けられている。仲間を鼓舞するのは犠牲的精神の表れで、時に嫌われ役になりながらも周囲を叱咤し、時に相手の心情を慮って優しく諭すこともある。プレーでは肉弾戦を厭わず、ピッチに突っ伏しても泥臭くボールに食らいつく。味方がゴールしたら誰よりも早く駆けつけて抱きつき、失点を喫したら大きく手を叩いて仲間全員を励ます。全ては勝利のために、タイトルのために、一つひとつのプレーに全身全霊を注いでピッチを駆ける。
日本へ帰還する直前、原口本人に聞いてみた。
『今のレッズで、何を目指す?』
「そんなの、一つしか無いでしょ。リーグ優勝。そのために、俺はレッズに帰る」
その情熱は尽きない。浦和のファン・サポーターは、チームのために献身的に闘う新たなるバンディエラの姿を目撃するだろう。
(了)
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