【無料公開】この街ー第8回『2003 久茂地』

※筆者体調不良のため、連載掲載時期が遅れたことをお詫び致します。

出会った人

 オレが沖縄に来た理由はもうひとつあった。それは俺がお世話になっているアーティスト、Kさん(仮)に会うためだった。

 俺は元々Kさんが所属しているグループの大ファンで、大学時代の友人を通じて知り合いになった。最初に会ったときから意気投合してすぐに打ち解けられたのは、俺よりも歳上で人生の先輩であるKさんが、いつでも気兼ねなく接してくれて俺を可愛がってくれているからだ。

 ある日のことだ。Kさんのグループのアルバムのジャケット写真は何故かいつも同じ場所で撮られていて、それを聞いたら、「あれは、沖縄の首里城という場所だよ」と教えてくれた。言われてみれば、このグループの音楽はなんとなく沖縄のテイストが感じられる。「どこが?」と言われても説明できない。なぜなら当時のオレは今まで一度も沖縄に行ったことがなかったからだ。そんなときにヨースケとの自主練の話になって、ちょうど同じ時期に沖縄でKさんのイベントが開催されるというので、ちょうどいいということになった。

 2003年の初頭、初めて沖縄で自主トレをした宜野湾から一旦那覇に移動した。宜野湾からイベントが開催される那覇市の久茂地まではタクシーで20分くらいの距離にある。東京の感覚だとタクシーで20分だと運賃がどれくらい掛かるか心配になるけど、主な交通手段が車の沖縄ではタクシー代がおそろしく安い。例えば宜野湾から那覇中心部の『国際通り』までは約2,000円くらいで行けてしまう。

 久茂地のある県庁前から国際通りへ入ったところに『CLUB CIELO』というイベント会場がある。イベントはここで開催する予定だった。オレもヨースケもすごく楽しみだったが、そもそも沖縄の人は、どんなノリで場を盛り上げるんだろう? 期待は募るばかりだった。

 会場でKさんに会うと、オレに会わせたい人がいるという。ソイツはなにやらオレと同い年らしい。ということは、ソイツは大学を卒業して社会人になったばかりかな。それともヨースケのように高校を卒業してすぐに働いてるなら、オレよりも少しだけ社会人経験が長いかもしれない。Kさんによると、彼は今回のイベントを仕切っている責任者らしい。興味津々で会合場所へ向かってみると、そこには猫背で小柄な少年のような風貌のヤツがいて、開口一番「ハイサイ!」という意味の分からない言葉を口にした。

 彼が今回のイベントを仕切っているクラブのマネージャーらしい。最初は軽薄そうなヤツだなと思ったが、話してみると爽やかで面白い男だった。高校を卒業してすぐに働き始めた彼は、このクラブの仕事をする前はホテルマンだったらしい。生まれは、この国際通りから少し離れた海側の方にある『辻』という古い街だという。彼は今、このクラブでプロを含めた各種アーティストの催し物を仕切っている。

 イベントは盛り上がった。もの凄い数の人が訪れて、熱狂的な空気に包まれた。沖縄の人は、こういう場で自分をさらけ出すというか、根っこの部分を隠すことなく表現するから、イベント向きなんじゃないかと思った。Kさんも気持ち良さそうだったし、正直、今回のイベントは大成功だったと思う。素晴らしい。また来たい。何より、オレはこのイベントで沖縄の空気に触れられた気がして素直に嬉しかった。このノリ大好き。やっぱりいいな、沖縄。

 イベントが大盛況だったことで、オレは、このイベントを取りまとめていたさっきのヤツが俄然気になった。同い年の男が、何百人もの人が集まる大変な仕事を任されている。オレだってJリーグクラブに加入してプロサッカー選手になった社会人2年目の23歳だが、この男とは場数が違い過ぎる。オレは素直に尊敬の念を抱いて、率直に彼と知り合いになりたいと思った。

「君の名前は?」

「ウエケンっていいます。よろしく」

 それがオレとウエケンの、初めての出会いだった。

(続く)

■『この街』ー主な登場人物■

”オレ”ー1979年生まれ。静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。2002年に大学を卒業してJリーグクラブへ加入したプロサッカー選手。主なポジションは左右のサイドアタッカー、サイドバック。

”ヨースケ”ー1979年生まれ。静岡県浜松市出身。プロサッカー選手。”オレ”の高校時代の同級生にして親友。高校卒業後の1998年にJリーグクラブへ加入するも、その後は様々なチームでプレーする。主なポジションはセンターバック。

”Kさん”ー東京で音楽活動をしているプロのアーティスト。男性4人組のヒップホップグループのメンバーで、グループ内ではDJを担当している。グループは1993年に結成され、そのグループ名は中国で古代から下剤などに使用されている薬草から命名されたらしい。

”ウエケン”ー沖縄本島出身の『ウチナーンチュ(琉球語で沖縄の人の意)』。オレが初めてウエケンと会ったときはクラブのマネージャーをしていた。今は沖縄本島最大の観光地区である国際通り沿いで飲食店を営んでいる。オレとは同い年で親友。

■街、モノ、場所の紹介■

首里城

沖縄県那覇市首里にある沖縄県内最大規模の城。築城されたのは14世紀頃と言われ、琉球王朝の王城である。ただし、1945年の沖縄戦などで城は完全に破壊され、現在の正殿などは1992年に復元されたもの。現在は首里城公園にある首里城跡として開放されており、多くの観光客で賑わう。首里城を含めた「琉球王国のグスク及び関連遺産群」は2000年に世界遺産に登録された。交通公共機関でのアクセスはモノレールの「ゆいレール」で首里駅にて下車。 徒歩約15分で守礼門に着く。車の場合は那覇空港から約10キロで所要時間は約45分。また市内中心部の国際通りからは約4キロで所要時間は約20分。

那覇市

那覇市は言わずと知れた沖縄県の県庁所在地。沖縄県の政治、経済、文化の中心を担い、島内最大の人口を誇る。日本本土からの交通手段である沖縄国際空港があり、現在は空港から市内中心部までモノレールの「ゆいレール」でアクセスできる。「那覇(なは)」の語源は、漁場を表す「なふぁ」から。

 

CLUB CIELO – クラブシエロ

1996年に県庁前側、国際通り入り口付近の久茂地でオープンした那覇を代表するクラブ・イベントスペースだったが、入居ビルの老朽化で一時閉店。2015年に那覇市安里に再オープンした。したがって『ウエケン』がフロアマネージャーを務め、オレが当時訪問した店は、すでに無くなっている。

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