【期間限定特別無料公開】この街ー第6回『@2003 宜野湾』

ラグーンの中へ

 沖縄の道を走っている。オレとヨースケはシーズンオフを利用して『自主トレ』という名の旅行に来ている。

 オレはプロサッカー選手になってから初めて年越しを迎えた。かたやヨースケは大卒のオレとは異なり、高校卒業後にすぐプロになったから、今季が5年目のシーズンになる。プロのシーズンオフがどんなものか知らなかったオレは”人生の先輩”であるヨースケに事情を聞きたくて自主トレに誘ったけど、ヨースケは特別何かをしてきたわけではなかったらしく、とりあえずふたりで沖縄に来て身体を動かそうと思ったわけだ。

 大体、オレは今季が終了する直前の試合で足の甲を痛めてリハビリを強いられていた。今回の自主トレもケガの治癒が最優先で、厳しい体力強化はチームが始動してから行われるキャンプで行う腹積もりがあった。まともに身体を動かせないなら、少しでも気分が高揚する場所へ行くのがいい。だから初めて訪れる沖縄という街に、オレは少しだけ期待を膨らませていた。

 「ヒラ、今は何処へ向かっているの?」

 「宜野湾ってところ。泊まる宿がそこにあるらしい」

 「那覇から、どれくらい時間が掛かるんだろうね」

 オレたちは、この島の規模をまったく把握していなかった。空港の周辺は海に囲まれていて綺麗だったけど、那覇市内に入ったら街は普通の住宅街で、本土の風景とほとんど変わらなくなった。沖縄は交通手段も限られていて自家用車がないと不便だから、一般道路は慢性的な渋滞が起きていた。それでも那覇インターから浦添を抜けて宜野湾市にさしかかると、都市部とは異なる、この土地独特の風景が広がってくる。那覇市内から1時間も経っていないのに街の雰囲気が違う。普段関東で暮らしている者は島というものに先入観があって、島内は均一化された空気を纏っているものだと思っていた。何処へ行っても同じ景色、匂い、風で、それが島の持つ、ひとつの魅力だとも思っていたけど、沖縄はとても大きな”土地”で、単純に”島”と捉えてはいけないもののように感じた。

宜野湾の風

 オレたちが泊まるホテルは『宜野湾海浜公園』という場所の中にあった。公園には他にも市営の野球場やコンベンションセンター、そして、『トロピカルビーチ』という名の付いた海岸があった。夏の時期は多くの環境客や地元の方々で賑わっているそうだが、シーズン外れの冬はベンチで日向ぼっこしたり、カフェでお茶している人がまばらにいるだけで、静かで落ち着ける場所だと感じた。

 ホテルのロビーへ入ると庭園のような広場があって、そこには小じんまりとしたプールがあった。さすがに今は寒いのでクローズしているみたいだったが、夏に来れば気持ちが良さそうだなと思った。何だかここは、砂浜が海の中に入り込んで小さな島になったような、オアシスのような雰囲気が漂っている。

「よし、ヨースケ、少し探索に行こうか!」

「うん、いいね。行こう」

 沖縄は冬でも鮮やかな緑の広葉樹が生えている。オレたちの居る公園も視界一杯に緑が溢れていて、その先が見えない。深緑の道を一歩ずつ歩いていくと、未知の世界へ飛び込んでいく気分になる。木々の一群が後方に過ぎ去って視界が開けると、目の前には果てしなく続く蒼い大海原と、溜息が出るほど色鮮やかな珊瑚礁が現れた。

「綺麗だねぇ」

「うん」

 この景色を見れただけでも沖縄に来た価値があると思った。20代の若造はどこか世の中を斜に構えて見るところがあるけど、時には素直に感動を表に出したっていい。この景色を見たとき、オレは心からそう思ったし、今でもその感情を大事にしている。

 広場の一角に石碑があった。『いちやりばちょうで~』と書いてある。

「どんな意味なんだろう?」

「沖縄の方言だよね。全然意味が分からないけど、何だか温かそうな言葉だなぁ」

 広場は芝生で覆われている。ここならトレーニングにうってつけだ。周囲にはランニングできるコースもあるから、フィジカルメニューも組めるな。

「よし、とりあえずヨースケ、走ってみて!」

「なんでオレなのよ。ヒラも一緒に走ろうよ」

「オレはケガしてるから、まだ走れないの!」

「ああ、そうだったね」

 素直なヨースケが全力で走っている。澄み切った青空と壮大な白い雲の下で、オレたちは一時の間だけピッチという名の”戦場”から抜け出して、湿気を帯びながらも爽やかな沖縄の空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。

(続く)

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