【過去2週間で最も読まれた記事】【特別無料掲載】【浦研プラスインタビュー&ストーリー】平川忠亮ー16年目の旅路

責任を負う覚悟

去年のチームにも崩壊の危機はあった。正念場に立ち、気力が尽きそうな中で、それでもファイティングポーズを取り続けて死地を乗り越えた経験がある。

「去年の1stステージで鹿島、ガンバ、広島に3連敗して、続くホームのFC東京戦でも前半に02で負けていた。俺はベンチに入れずに埼スタのスタンドで観ていたけど、『これで4連敗したらヤバいな』と思った。監督の去就を含めていろいろな問題が出てくるのは間違いなかったと思う。そこで普段はずっと上から観ているだけなんだけど、ハーフタイムに初めてロッカールームへ行ったんです。そこで俺からガツンと皆に言ってやろうかなと思った。でも、仲間は『大丈夫だ。俺ら、絶対にひっくり返せるから』と言い合っていてポジティブな感情を持ち続けていた。そんな前向きな皆の言葉が頼もしかったし、アイツらの眼も死んでなかった。良い戦いをして12や23で負けたというならば未来もあるけど、これが03,04で負けたとなるとチームが崩壊しかねないと思ったんだよね。そこで何か自分にできることはあるかなと思ってスタンドからロッカールームへ降りていったけど、結局皆の成長した姿を見れただけだった(笑)。その後、チームは後半に3得点して逆転勝ちしたからね」

冷静沈着、温厚な平川は、普段は人前で感情を露わにせず、先輩風を吹かせて後輩を叱責したり罵倒したりもしない。

「怒ったことは……、チームの中では特にないかな。若い頃は感情的だったかもしれないけど、今はひとつ置いて考える。俺が言うべきなのかをね。もちろん監督の面子があるし、キャプテンの阿部(勇樹)ちゃんもいる。それに副キャプテンもいるわけだしね。最年長者として発言しても良いときはあるだろうけど、今は見守っていることの方が多いかな」

2017シーズン、平川は『3年目の』ラストイヤーを迎える。

「最近は毎年『今年がラストだ』と思ってプレーしている。だから一日一日を大事にしている。毎年、一緒に戦ってきた仲間がチームを去っている。埼スタで挨拶をさせられている選手もいる(笑)。今の自分はどうなんだろうね? 現役を引退してサッカーを辞めて違う仕事をしている人たちは、どんな思いで人生を生きているんだろう? 俺の場合は、サッカーの指導者を目指して勉強している同年代の人を見ると、『俺も早くそっちの勉強をすることも必要なのかな』と思う。今の俺はサッカーの指導者に興味があるから。若い頃はプロサッカー選手を辞めたら、まったく違う職業に就きたかった。サッカーから離れたいと思っていた。でも、今はここから離れたくない。俺、サッカーを好きになり過ぎたかなぁ(笑)。元々好きだったけど、今はもっとサッカーが好きになった。ここに長く居過ぎたんだよ。30歳前にパッと現役を終えていたら色々なチャレンジをできたかもしれないけど、その第二の人生が成功していたとも限らない。レッズで長くサッカーをプレーさせてもらえた経験は俺にとってかけがえのないものだから、この経験を今後もサッカー界の中で生かせたらいいなと思う」

平川には自らの人生を歩んできた中で得た、大切な仲間たちがいる。

「例えば、静岡の清水市(現・静岡市清水区)という小さな町で出会った(小野)伸二などは切っても切れない関係だし、彼とは何かしらの形で今後も関わっていくと思う。伸二だけじゃなく、タカ(高原直泰)とも常に連絡を取っている。サッカーのおかげで周りとの繋がりも増えて、それが年々広がっていく。今年もレッズに7人の選手が入ったからファミリーが増えたわけでしょ。俺はいつでもそう思っている。共に人生を歩んでいる仲間は、どんな時だってかけがえのないものだって。今の俺は有り難いことに、辞める時はプロサッカー選手としての限界を迎えている時。だって、すでにやり切ってるんだもん。今の俺の年齢はヤマ(山田暢久)さんが辞めた時と同じだよ。来年もプレーしたら、現役時代のヤマさんを追い抜いてしまう(笑)」

柔和な表情は、彼が厳しい世界を生き抜いた上で確固たる財産を得た証だ。それは金銭の有無ではなく、感情を揺さぶる絆によって生まれた彼自身の、唯一無二の宝だ。

「子どもができてから、俺も変わったかな。今の俺は子どもが何か成功した時に嬉しそうな顔をするのを見るのが好き。自分のためじゃなく、子どもや奥さんのために生きるのが好きになった。ミシャも言っているでしょ。『選手は子どものようなもの』だって。今の俺も同じ感情を携えているんだと思う。もし20代で現役を終えていたら、俺はろくでもない人間になっていたかもしれない。金もなく、街中を彷徨って、堕落していたかもしれない。でも今の俺には浦和レッズというチームがあって、家族が居て、それが俺の人生を変えたと思っている。俺の人間性、人生観は、この浦和レッズというクラブによって築き上げられてきたんだよ。そんなクラブのチームに心血を注ぐのは当然のことでしょ」

自らの命を賭してでも戦い抜く。それが浦和レッズの選手の使命。チームが苦しい時、仲間はその背中を見ればいい。きっと果たすべき道筋が拓けて、一歩踏み出す勇気を持てるはずだから。

2002年初頭に出会った不遜な新人選手は今、成熟した逞しい、浦和レッズの選手として我々の前に立っている。

(了)

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