【無料掲載】日々雑感—遠藤航—面影【決戦前に寄せて】

その佇まい

リオオリンピック・アジア最終予選を兼ねた『AFC U-23選手権カタール2016』で見事優勝を遂げたU-23日本代表キャプテンの遠藤航は、一時の休息を与えられて浦和レッズの鹿児島キャンプに途中合流した。

湘南ベルマーレから勇躍移籍加入した直後で、普通なら新たな仲間たちとどのようにコミュニケーションを取ろうか思案するはずだが、彼は10年来のベテランのように余裕しゃくしゃくなように見えた。鹿児島県指宿市の『いわさき指宿ホテル』のサッカーグラウンドで初めて彼を視認した時、『誰かに似ているな』と直感したが、すぐに思い浮かばなかった。ただ、あまりにも貫禄ある佇まいに感心したことだけを覚えている。そのことを、後で本人に聞いてみた。

「どうなんでしょうね。日本代表でお会いした槙野(智章)さん、武藤(雄樹)さん、(興梠)慎三さんなどがいましたし、U-23で関根(貴大)とも話していましたからね。特に違和感なく……。えっ? その佇まいが落ち着きすぎてるって?(笑)。自分では分からないですけど、まあ、確かに、それほど焦りみたいなものはなかったですけどね」

単に落ち着きのある人物と評すると、感情の起伏に乏しい人間と誤解されてしまう。少なくとも遠藤はよく笑うし、試合中に大きな声を発して仲間を鼓舞したりもする。それでもやはり、彼には不動心という言葉が似合う。内心は、そうでもないらしいが……

「後方からビルドアップしてボールを持ち上がろうとする時、何か迷いながらプレーしているように見えると言われることがあるんですけど、あれ、本当に迷ってるんです(笑)。今のレッズのサッカーではパスコースがたくさんあるから出しどころに困ってるんです(笑)」

チーム最年長の平川忠亮が、「それでも航はボールを取られないんだよなぁ」と言っていたと伝えると、彼は23歳らしい初々しい表情で笑い、「そうなんだ。嬉しい」と呟いた。

その素養

「普通の若い奴」と自己評価する。周囲にはサッカー選手らしい軽いノリで接する者もおり、「その環境に慣れた」とも言うが、それでも自らを「生真面目」だとも言う。

物事と真摯に向き合うから、妥協なき誠実さを備えている。浦和加入後、最も印象に残るのはJリーグ1stステージ第16節・サンフレッチェ広島戦で敗戦してリーグ戦3連敗を喫した直後に話を聞いた時の、厳しい提言だった。

「ボールを奪い切れれば良いんですけども、危ない場所があった。それは後ろから見ていると分かるので、すべて前から取りに行くのではなく、一旦引いて相手を押し下げる形をしても良かったと思いました。ゴールを取りに行き過ぎない。勝っている時のほうがチーム全体のバランスが良かったと思うし、守備のバランスをもっと考えた上で攻撃のことも考えないと、一人ひとりがバラバラになってしまう。もう一度原点に立ち返る。第一に失点しないことを考えた上で攻撃があると思う。監督が求めるサッカーはレベルが高いと思うし、それを実行できれば強いチームになる印象は受けています。でも、今のチームはそれを意識し過ぎて、攻撃を意識し過ぎて、守備が疎かになっている」

批判ではなく、チームの為に提言する。オブラートに包むような物言いをせず、ディフェンダーの見地に立って意見を述べる。感情的にならず、最良を求めて改善を模索する。彼の言葉には信念が貫かれている。

幼少の頃からチームキャプテンを務めてきた。自ら立候補することもあったが、大抵は周囲の満場一致で決められていた。率先して仲間を引っ張った。素養があると自覚していたし、充実感も覚えていた。そもそも彼は、一選手として大きな責任を背負う覚悟を備えている。立場は関係ない。全身全霊を傾けて勝利のために戦う。単純明快な使命を心に抱き、それを実行に移すのは簡単ではない。それでも遠藤はチームへの献身を貫く。

AFCアジア・チャンピオンズリーグ・ノックアウトステージ・ラウンド16第2戦、韓国・ソウルでのFCソウル戦。浦和は2戦合計1−1で延長戦に突入していた。アウェーでの痛恨の失点は自陣で遠藤のパスが相手にカットされたことが要因だった。ショックを受けて当然のシチュエーションで、それでも彼はプレーパフォーマンスを上げて勝利に邁進した。延長戦を22で終えてPK戦になると、彼はキャプテンの阿部勇樹と共に迷いなくキッカーに名乗りを上げ、2番手でそれを決めた。

先日、ドイツ・ブンデスリーガ2部・シュツットガルトへの完全移籍が決まった細貝萌とPKの話題になった。

2007年の(FIFA)クラブワールドカップの3位決定戦(エトワール・サヘル戦)でPKになった時、俺、蹴ったの覚えてる? 覚えてないでしょ(笑)。4番手で蹴って、自分が決めて、次の相手選手が外してレッズの3位が決まったんだよ。あの時、スタッフから『お前、蹴るか?』と聞かれて、『蹴る!』って即答したんだよね。でも、実はPKは苦手で好きじゃなかった。だから蹴ることを決めた直後に後悔したんだけど(笑)、あの時はどうしてもチームの為に、自分が蹴って貢献したかったんだよね」

そして細貝は、確信に触れる感情を語ってくれた。

PKは、その時に『蹴る!』と思う選手が蹴るべきなんだよ。その時点で、もしシュートを外してもチームメイトは誰も咎めない。PKスポットに立つこと自体が、そのチームを背負って闘っている証になるんだから。この前のソウル戦で最初にPKを志願した選手は阿部さんと遠藤くんだったんでしょ(その後、森脇良太、ズラタン、西川周作も立候補)。それだけで、誰がこのチームを引っ張っているのかが分かる。チームって、そういうものなんだよ」

指宿のグラウンドで遠藤の佇まいが誰かに似ていると思った。その『誰か』を、ようやく思い出したーー。

遠藤が回顧する。

「ユース時代、学生の頃は阿部さんに憧れていた。僕の高校時代、阿部さんは南アフリカワールドカップでアンカーを務めていて、そのプレーをよく参考にしていました」

確かに、遠藤と阿部のプレースタイルには相似性がある。しかし彼の仕草からは、かつての『背番号17』が浮かび上がる。

「長谷部(誠)さん? 僕はひとりで温泉には行かないですよ(笑)。長谷部さんのイメージは本当に真面目で、『ザ・キャプテン』という感じ。でも本人は『昔はキャプテンなんてやりたくなかった』と言っていたんですよね。どこかで変わったのかな(笑)。そういえば、那須さんにも同じことを言われたんですよ。僕、ガニ股なんです。それで那須さんから、『後ろから見ていると、お前の歩き方、マコ(長谷部選手の愛称)にそっくりだな』って。浦和に来てから初めて言われました。それまでは一度も言われたことがなかった。そうですか、長谷部さんに似てますか、僕。それは、うん、嬉しいな」

U-23日本代表は今、ブラジルの地で激闘を繰り広げている。チーム崩壊の危機に立ちながらも、精一杯踏ん張り、団結して戦う覚悟を決めている。その中心には間違いなく、チームキャプテンの遠藤が居る。

「何も恐れずに自分たちが今までやってきたこと、積み上げてきたことをシンプルに出す。力を出せないのが一番勿体無いので、100パーセントの力を出せる準備をしたいです。そのために最終予選から今までの期間で個の能力を高める意識を備えてきたので、その成長がそのままチーム力になればいいと思っています」

『そういえば』と言って、苦笑いを浮かべながら彼が言った。

「最近、息子もガニ股なんじゃないかって心配が…。走っているポーズが『むっちゃ、俺に似てるな』と思うことがあります(笑)」

脈々と受け継がれる系譜を体現する男がいる。左肘にバンテージを巻きながら、それでも飄々と君臨し、仲間を支える選手がいる。極限状態で光り輝く、正真正銘のキャプテンがいる。

 

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