【無料掲載】日々雑感—那須大亮—団結の印

変わらない心

「ロド〜、次、できる?」

大原グラウンドに大きな声が響き渡る。那須大亮が語りかけているのはチーム付き通訳のロドリゴ・シモンエス氏。自らの身体にチューブを結び、ロドリゴさんを引っ張って筋力トレーニングに励む姿は日常的な光景だ。たとえ試合出場から遠ざかってもルーティーンは変えない。いつ出番が回ってくるか分からない。その時のために、彼は黙々と自らの職務に邁進する。

19811010日生まれの34歳。チーム内では平川忠亮に次ぐ年長者になった。

練習中の那須の表情は柔和だ。時に槙野智章と大声で笑い合って身体をよじらせることもある。だが、表向きの態度とは裏腹に、今の彼には危機感もある。毎年のようにチームを去っていく仲間たち。去年は同い年で切磋琢磨してきた鈴木啓太が現役引退を決断した。自分もいつ別れの時が訪れるか分からない。それでも彼はチームのために、その身を焦がす。

AFCアジア・チャンピオンズリーグ・グループステージ、シドニーFCとのアウェー戦は森脇良太が出場停止のため、那須の試合出場が濃厚だった。試合前日、シドニーフットボールスタジアムで彼に話を聞くと、真剣な表情で応えた。

「今は本当に出た試合でしっかりプレーしたい。そのために、今まで準備をしてきたので。今まで通りというか、うーん……。今は全てのゲームが『これで最後だ』という覚悟で臨んでいる。目の前の試合をフルに頑張る。自分の力を出す。体調はとても良いです。シーズン入ってなかなか試合に絡むことが、フルタイム出場することがなかなかないのですが、だからこそできることがたくさんありますし、僕自身は今の状況を悲観していない。もちろん試合に出られるに越したことはないんですけども、このような時間を大切にして、この中でどう成長できるかが僕のサッカー人生においても大事なことなんです。その中でチャンスが必ず、どのタイミングか分からないですけども、来ると思う。自分のために……、いや、違うな。チームのために戦いたいです。変に気負い過ぎるのは良くないと思うけども、目の前の相手には絶対に負けたくない。それと、自分にも負けたくない。そもそも今までの僕は常にこのような境遇の中で戦ってきましたし、特に何かが変わったこともない。目の前のことに対して100パーセント以上の力を出せるように頑張る。僕にはそれしかできないから」

南半球で発した彼の言葉は力強く、そして重かった。少し猫背で歩く姿から、力を精一杯溜めて獲物を狙う獣の雰囲気が漂っていた。あとどれくらい、彼の勇姿を見られるのだろう。秋の気配が深まるシドニーで、漠然とした不安に駆られたのを覚えている。

福岡の夜

2016年7月2日。福岡県福岡市博多区東平尾公園。レベルファイブスタジアム。遠藤航が左肘靭帯損傷で欠場を強いられ、那須がリーグ戦2試合連続のスタメンに抜擢された。今後も遠藤がU-23日本代表のキャプテンとしてリオ・オリンピックに出場するため、チームはリベロポジションの代役探しに迫られている。

代役? そんな言葉は分不相応だ。唯一無二の個性、正真正銘の闘士、最後尾の守備の要にして、セットプレーから得点を狙う絶対的なシューター。誰もが皆、彼の復活を待ちわびている。私もそうだ。

今季の那須はサポーターと共に闘う機会がなかなか訪れなかった。情熱を放散し、その空気を仲間と共有することが彼の生き甲斐だったのに、翼をもがれていた。だが、ついに時は来たのだ。思う存分闘える場が、想いを投影する場が。

槙野が金森健志を倒して退場を宣告される。PKで先制される。10人での戦いを余儀なくされた浦和は窮地に陥っていた。それでも諦めない。敵陣でFKを得る。柏木陽介がボールをセットする。見据える視線はファーサイドへ注がれていた。福岡DF濱田水輝と駆け引きする彼の姿が見える。ゆっくりとした動作から左足でキックを放つと、誰よりも高くジャンプして頭でジャストミートし、ボールは綺麗な放物線を描いてGKイ・ボムヨンの頭上を越え、福岡ゴールへ収まった。

右拳を突き上げ、天に向かって咆哮する。彼が何処を向いていたか、皆は気づいただろうか。彼は必ず仲間へ視線を注ぐ。その雄叫びが、同じ体温を宿したメインスタンド右のゴール裏スタンドへと伝播する。この瞬間を待っていたんだ。絶体絶命の危機に瀕した時にこそ、その熱情がほとばしる。

「こういう引く相手に対してセットプレーは非常に効くので、絶対に決めてやろうと思っていましたし、その想いが結び付いて、本当に嬉しかった」

浦和がセットプレーからゴールを決めたのは、1stステージ第1節・柏レイソル戦でCKからズラタンが決めたヘディングシュート以来のこと。那須のゴールがチームを蘇らせ、後半に興梠慎三のゴールで逆転を果たしたチームは敵地で貴重な勝ち点3を得た。

「自分の存在意義を見せる意味でもセットプレーは自分の武器だと思うし、そこで決めることが自分にとっても大きな1点なので。こういうキツイ試合ほど絶対に決めてやろうと思っていた」

彼は胸を張らない。ミックスゾーンでも、やっぱり猫背だった。その傍で、仲間たちが感嘆符と共にその偉業を称えている。

「那須さんの存在が非常に大きかった。それと、2点目は(興梠)慎三としっかりアイコンタクトが取れたというか、あれだけニアがあいていたら出しちゃうよね。でも、それも那須さんの1点があったから、相手もそこを警戒していたんだと思う」(柏木陽介)

「たぶん、あのFKで皆、大ちゃん(那須)をケアしていたのではないかな。大ちゃんがファーにいて、ニアが凄い空いていたので」(興梠慎三)

興梠と那須は2013シーズンに森脇と共に他のクラブから浦和レッズに移籍してきた同志だ。この3人はオフシーズンに一緒に旅行することもある。興梠が話す。

「旅行したところにバンジージャンプができるところがあったんですよ。もちろんやったよ。でも、大ちゃんは結構怖がってた。一番大丈夫そうに見えるでしょ。でも、実は結構お茶目なのよ」

一緒に闘っている

バチーンという音が響き渡り、那須大亮がピッチへ駆け出す。

「いつも水さん(水上裕文主務)に背中を叩いてもらっています。僕たち選手にとって、日常的に裏方で働くスタッフの方々の力って、本当に大きいんです。僕たちは常に彼らに支えられている。だから、そのような方々に背中を叩いてもらって、どれだけ自分が彼らに背中を押されているのか、支えられているのかを実感したいんです。だから、あれは『一緒に闘っている』という意味合いも込めた儀式です。僕自身も、あれで気合のスイッチが入るようになりました。とてもパワーをもらっています」

試合開始のホイッスルが吹かれる寸前に、両手を天に掲げる。

「あれはですね(笑)、いつの間にか、自然に生まれた仕草なんですけどね。キャンプの練習試合で始めたんです。試合前に、『このチームで、このピッチに立てて、プレーができていることって、すごい幸せなんじゃないか』と思ったんです。それで空を見上げたら、とても清々しくなってきて、『これはパワーをもらえそう』と思った。それと、サポーターの皆が後ろで後押ししてくれていることを感じて、『皆の思いも乗せて、ここで一緒に戦おう』という意思表示でもある。その流れで勝手に生まれた仕草で、今はいろいろ媒体で取り上げてくれていますよね。いやー、恥ずかしい(笑)」

仲間と共に闘うことで己の力を覚醒させる漢がいる。どちらが欠けても成立しない。漆黒の夜空に包まれた博多の森で、浦和は再び団結の印を得た。

那須大亮が帰ってきた。嬉しかった。本当に嬉しかった。

(了)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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