仙蹴塵記

【ホームタウンから】チーム始動日に宮城県山元町を訪問

ベガルタ仙台は10日に2024年のチーム活動を始動。この日はクラブハウスでミーティングを行った後、チームとして東日本大震災の被災地である宮城県山元町を訪問した。

仙台は2011年3月11日に発生した東日本大震災でホームタウンが大きな被害を受け、その復興のために活動を続けている。2015年からは、シーズンのチーム始動時期に被災地を訪問し、新加入選手を含めて当時のことやクラブの果たす役割などについて学ぶようにしている。

今年は宮城県南部の山元町へ、選手・スタッフ約50人が訪れた。チームはまず、震災遺構の中浜小学校へ。山元町は東日本大震災による津波で家屋の約4割が被害を受け、637名が犠牲になった。中浜小学校は、その被害の大きさを伝える場所となっている。

入場を前に、富田晋伍クラブコーディネーターから、自身が被災した当時の様子についてチームに伝えられた。昨季をもって梁勇基が引退したことにより、被災当時にプレーしていた選手が現役ではいなくなったこともあり、あらためてこうした伝承の場が設けられた。

続いて施設の館長からご挨拶と説明があり、それからチームは3班に分かれて校内をまわり、震災の語り部の方々から被災当時の様子等について説明を受けた。

続いて、山元町東日本大震災慰霊碑「大地の塔」にて献花を実施。ここでチームは山元町の橋元伸一町長に出迎えられた。町長からは訪問への感謝の言葉とともに、自身の被災体験や、いざというときの備えなどについての話があった。

「大地の塔」には、株式会社ベガルタ仙台板橋秀樹代表取締役社長、森山佳郎監督、選手代表の遠藤康が献花。東日本大震災とともに、今月1日に発生したばかりの令和6年能登半島地震の犠牲者に向けた黙祷も捧げられた。

自身も東日本大震災を出身地の宮城県石巻市で被災した菅原龍之助は、「こうして訪問をすることで、当時の記憶が鮮明に蘇ってきます」と実感するとともに、このホームタウンのためにプレーすることをあらためて誓った。今季から指揮を執る森山佳郎監督は、これまで年代別日本代表の国際大会で仙台を訪れた時に宮城県内の被災地も数ヶ所訪れており、また2016年の平成28年熊本地震では熊本県の実家が被災した。今回の訪問では「被害の甚大さを噛みしめました。大人達の判断ひとつで子供達が救われるということも、震災がいつどこで発生するかわからないからこそ人命を優先する普段の準備も重要だと感じました」とあらためて学んだという。

今年の被災地訪問も、この宮城県をホームタウンとするクラブの存在意義を、選手もスタッフもあらためて実感する機会となった。

reported by 板垣晴朗

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